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閉ざされた地下世界 郵便鉄道と巨大核シェルター

世界の果てのありえない場所

今はもう使われていない「Mail Rail」のトンネル。近年、観光電車として蘇らせようという計画がある。(写真:Matt Brown)

東京やニューヨークをはじめ大都会の真下には、たくさんのトンネルや配管があり、縦横無尽に人や物を運ぶ役目を果たしている。ナショナル ジオグラフィックの書籍『世界の果てのありえない場所』には、過去に存在したスパイトンネルや地下通信施設、未完成の地下鉄など、いわく付きの地下世界も紹介されている。今回はその中から、ロンドンの「郵便地下鉄」と中国の「北京地下城」を取り上げよう。

地下を走る郵便鉄道

地下鉄発祥の地、ロンドン。世界初の地下鉄路線として、パディントンのビショップスロードとファリンドンストリート間にメトロポリタン線が開業したのは1863年のことだった。以来、ロンドンは地下世界を隠し持つ街となった。

地下鉄発祥の地であるロンドンには、自動運転の地下郵便鉄道も存在した

熱心な地下マニアなら、この大都会の地下に全長10.5キロメートルほどのトンネルと電車路線が通っていて、2003年まで実際に使われていたことも知っているだろう。街の西部に位置する山の手のパディントンから、切り裂きジャックで有名な下町、イーストエンドのホワイトチャペルを結び、手紙や小荷物の運搬に大活躍した路線である。

この地下郵便鉄道は1987年に「Mail Rail」と名付けられて広く知られるようになった。計画が持ち上がったのは第1次世界大戦の直前のことだ。当時の道路は馬車や初期の自動車でごった返し、街中が深い霧に覆われて見通しが悪かった。ロンドンの主要な郵便物仕分け所の周辺では配達の混乱が慢性的に続いていた。その解消を目的として建設されたのである。

1927年、地下郵便鉄道の開業によってロンドンにもう一つ、世界初が誕生した。自動運転電車である。最盛期には8カ所に駅があり、手紙やその他さまざまな郵便物を載せて1日に数回、往復していた。

しかし、電話の出現に始まり、ファクスや電子メール、携帯メールの普及に伴い次第に活気は失われていった。その後、路線は縮小されて駅はわずか3駅を残すだけとなり、地下郵便鉄道はその役割を終えることになった。

北京の巨大シェルター

一方、北京には、もともと地下鉄として建設が始まったものの、市民を守るための巨大シェルターへと発展した地下世界があった。「北京地下城」だ。

観光客にも一般公開されていた「北京地下城(BEIJING UNDERGROUND CITY)」の入口。2008年に閉鎖された。(写真:Well-rested)

世界で最も強大な、しかも隣接する二大共産主義国だった中国とソビエト。1969年の春には中ソ国境で両軍が衝突する小競り合いが続いていた。これより7年前に米ソを巻き込んだキューバ危機と同じく、この衝突は世界を核戦争の瀬戸際にまで追い込んだ。

ことの発端は、かつて清国とロシア帝国の間で結ばれた条約を巡る領土問題だった。さらに数世紀前から両国の間では国境を巡る論争が絶えなかった。万が一、攻撃が始まれば米国は中国側につくだろうという意向を米政府がソ連指導部に明示したことで、核の使用はかろうじて回避された。嵐は去ったかに見えたが、先々紛争が起きる恐れはぬぐい去れなかった。毛沢東主席は、中国には来たるべき核攻撃に備える必要があるという考えを強めた。

これより4年ほど前、北京では新たに地下鉄の建設工事が始まっていた。この事業は皮肉にも、かつて毛沢東がモスクワを訪問した折りにソ連の技術支援を取り付けて実現したものだった。この地下鉄は公共交通機関というよりも民間防衛を目的としており、トンネルが核攻撃に耐えられるかどうかの検証試験まで、ロプノールにある中国の核実験場で実施された。

北京の地下には、巨大なシェルターとおぼしき施設が張り巡らされているという

しかし、1969年に起こったソビエトとの軍事衝突を受けて、地下鉄工事は地下の複合施設建設へと転換された。網の目のように走る秘密の避難用トンネルが、中南海から共産党本部、さらに北京郊外の八大処にある軍事基地まで、重要拠点を縦横無尽に結ぶコンクリート造の巨大地下壕である。こうして北京の地下に作られた都市「北京地下城」は、最終的には北京市民600万人全員を収容することを目指して計画された。

だがこれは、到底、達成できるとは思えない目標だった。この核シェルターとおぼしきコンクリートの施設が、一体どこまで広がっているのかはわかっていない。だが、天安門広場の下を走るトンネルは戦車が通れるほどの大きさだと噂され、トンネル網は130平方キロもの範囲に及んでいたと考えられている。

2000年にはトンネルのごく一部が一般公開された。見学者が地下へと降りていくと、そこには気味が悪いほど殺風景な空間が広がっていた。じめじめとした階段の壁一面には色あせたプロパガンダのポスターが貼られ、核物質を吸い込まないようにマスクを装着せよと呼びかけている。

この毛沢東最晩年の時代の空気を封じ込めたタイムカプセルは、2008年に「修復」工事を理由に閉鎖された。北京地下城の大部分は手つかずで残されたが、立ち入ろうにも困難を極め、また立ち入りは禁止されている。一部は北京の地下鉄網に接続されている。すでに世界第2位の規模となった今も、北京地下鉄は着々と拡大を続け、今後10年以内に総延長距離はさらに2倍となる。商業や労働は、国防や戦争に勝るとでもいうように。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

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https://style.nikkei.com/
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